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名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)1875号 判決

原告

甲野七郎(仮名)

被告

右代表者法務大臣

田中伊三次

右指定代理人

服部勝彦

西村金義

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

被告は原告に対し別紙記載のとおりの謝罪広告を朝日、毎日、中日の各新聞紙の夕刊の七面に掲載せよ。

被告は原告に対し金三万円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、主張

(請求の原因)

一、甲野太郎、乙山および乙川らの各偽証および同人らに関する告訴事件

1 偽証事件の背景たる事実

(一) 原告とその父甲野五郎との間には、もと財産分与にからむ事件があつた。

(二) 原告は、右争いについて昭和一四年八月三日頃半田区裁判所に対し五郎を相手として調停の申立をなしたが、後これを取下げたため、同月一四日当時においては、原告と五郎との間に調停事件は係属していなかつたにもかかわらず、同裁判所において同月一四日昭和一四年(人調)第一号事件として調停が係属しているとしたうえで調停成立の調書が作成された。しかし、原告は同日同裁判所に出頭したこともなく、右調停に応じたこともない。右調停は、原告の兄甲野太郎が原告の替玉となつて出頭し、五郎との間で調停をなしたものであり、その間の事情は、右調停に関与した調停員および同裁判所書記官乙山らも知悉していた。右調停調書に記載された原告の署名、および押印は、太郎、乙川および乙山らが共謀のうえ偽造したものである。

2 偽証行為

(一) 乙山は、原告の田中に対する名古屋高等裁判所昭和三九年(ネ)第八二八号損害賠償請求事件の昭和四〇年一〇月一一日および同年一二月六日の各口頭弁論期日において、証人として宣誓したうえ、前記1、(二)の事実に反する証言をなした。

(二) 太郎は、右事件の昭和四〇年七月三〇日および同年一二月六日の各口頭弁論期日において、証人として宣誓したうえ、前記1、(二)の事実に反する証言をなした。

(三) 乙川は、原告の太郎および乙山に対する名古屋高等裁判所昭和四一年(ム)第六号再審請求事件の昭和四二年七月二〇日の口頭弁論期日において前記1(二)の事実に反する証言をなした。

(四) 右三名は、その証言をなす際、それぞれの証言が事実に反することを知つていた。

3 告訴および被告訴人に対する不起訴処分

そこで、原告は、名古屋地方検察庁に対し、(一)昭和四一年一一月八日に太郎と乙山を、(二)同四二年八月一七日に田中を、それぞれ偽証罪をもつて告訴したところ、同庁検察官大森敏夫は、同四三年三月一九日太郎と乙山に対する被疑事件につき、同庁検察官本井甫は、乙川に対する被疑事件につき、それぞれ不起訴処分をなした。

二、しかしながら、原告のなした前記各告訴には十分な理由があり、前記被疑者らに対しては起訴処分が相当であるにもかかわらず、検察官らは次のように各告訴事件につき十分な捜査をなすことなく不起訴処分をなしたものであつて、これらはいずれも違法な行為である。

1 前記各検察官は、原告が昭和四二年八月二五日名古屋地方検察庁へ提出した上申書(乙第八号証と同一内容のもの)を軽視し、慎重に対処しなかつた。

2 調停調書中の調停委員乙川名下の拇印の真意を追求し明確にすることを怠つた。

3 各検察官は乙第五三号証の便箋書調書に記載された文字について筆跡からこれを作成した人を明確にすることを怠つた。

4 各検察官は、告訴人たる原告の供述と前記各被告訴人らの供述との相違を精査、検討、追求することを怠つた。

三、そのため、原告は世間一般から虚偽の告訴をしたと思われ、名誉、信用を失墜した。

四、よつて、原告は名誉、信用を回復し、かつ名誉、失墜による精神的苦痛を回復するため、謝罪広告および慰謝料内金三万円の支払を求める。

(請求原因に対する被告の認否)

請求原因一の1の(一)、2の(一)、(二)、(三)、3の各事実を認め、その余の事実を否認する。

(被告の主張)

一、本件不起訴処分について

1 本件不起訴処分の背景

原告は、五郎の三男であるが、父生存中から父に対し財産分与を求めて居り、昭和一四年八月にいたり、ついに父を相手方として半田区裁判所に分家承認等の人事調停を申立て(同裁判所昭和一四年(人調)第一号)、この調停は同月一四日成立したが、その調停条項の履行のないうちの昭和一五年五月二七日に原告と父五郎とが半田市所在の公証役場に至り、同所において両者の間に分与財産に関する契約が締結され、その公正証書の第一条に七郎は父の同意を得て分与財産として金二万四、〇〇〇円を受領し異議なく分家することを承諾す。依て従来の財産分与に関する協定事項は総て解消す」と定められ、原告は、その頃父五郎から金二万円を受領し同月三〇日分家の届出をなした。その後昭和二五年二月二八日父五郎が死亡すると、原告は長兄太郎に対し父の遺産の分割を求め、このことに関し原告から昭和二六年七月頃親族の招集を求めたが、その集会の席上、兄太郎において、原告には既に財産分けがしてあるのだから今更同人の要求には応じ難いと意見を述べ、さきの半田区裁判所昭和一四年(人調)第一号の調停調書謄本の写しなるものを示した。原告はこれに対し、昭和一四年八月一四日には半田区裁判所に出頭せず、右調停には出席していないと該調停の成立を否定したので、兄太郎は憤慨のあまり、原告に対し「この調停が無効であるならば自分の全財産をくれてやる」と言い返した。このことが動機となつて、原告は、昭和二六年一一月下旬頃兄太郎所有の住宅の一部を取壊し、そのため昭和二八年五月八日同支部において、建造物損壊罪として懲役五月執行猶予五年の判決を受けた。その後、原告は右調停調書は当時の半田区裁判所書記訴外乙山(以下乙山という)と兄太郎とが共謀して偽造したものであるとして右調停調書の無効確認を求めて昭和二八年一一月一八日兄太郎を相手取り名古屋地方裁判所に調停調書無効確認の訴を提起して以来、これに関連する関係者らに対し、民事事件を数件提訴しているが、いずれも原告の敗訴となつている。

2(一) 請求原因第一項3(一)の告訴事件に対する不起訴処分の不起訴理由の要旨は次のとおりである。

本件については、既に名古屋地方検察庁昭和四〇年検第一九八七二号、被疑者甲野太郎に対する偽証被疑事件において、昭和四一年一月三一日付起訴猶予、同庁昭和四一年検第六八三二号、同六八三三号被疑者甲野太郎、同乙山に対する各偽証事件(いずれも原告が告訴したもの)において、同年七月二〇日付被疑者甲野太郎につき起訴猶予、被疑者乙山につき嫌疑なしの各処分がなされ、次いで右両事件について告訴人より名古屋高等検察庁になされた不服申立事件(同庁昭和四一年不第四号)も昭和四二年四月六日付をもつて「前記両事件で被疑者甲野太郎につき、原庁が起訴猶予処分としている点は『偽証の疑ありとは断じ難い』とするのが相当である」旨認定を変更したうえ、結局不服申立の理由がないとの裁定をしている。そして、右裁定後新らたに告訴人が挙示した資料について検討してみても前記名古屋高等検察庁の裁定を覆えすに足る新らたな証拠は見当らない。

(二) 請求原因第一項3(二)の告訴事件に対する不起訴処分の不起訴理由の要旨は次のとおりである。

被告訴人が原告主張の如く証言したことは証人尋問調書の記載によつて明らかであるが、被告訴人は「証言は記憶どおり述べたもので敢て事実をまげた陳述はしていない」旨供述しており、本件調停の成立、及び調停調書の真正については既に不起訴処分になつている本件被告訴人乙川に対する名古屋地方検察庁昭和四二年検第四五七五号偽証事件等本件告訴事件に関連する数件の告訴事件およびこれらに対する不服申立事件(名古屋高等検察庁昭和四一年不第四号不服申立事件)について、それぞれ十分に捜査が遂げられているところであつて、右認定を覆えすに足る証拠はなく、また、当時甲野七郎を知らなかつた旨の証言についてもこれが虚偽の事実を陳述したものと認めるに足る証拠はない。

3 本件不起訴処分の違法性について

(一) 乙川、太郎の各偽証被疑事件について、

(1) 担当検察官は、前項記載の不起訴理由からも明らかなように、従来からの関連記録、証拠等を精査検討し、更らに新らしい証拠資料をも十分吟味する等十分捜査を尽したうえ、有罪判決を得るに足る十分な嫌疑がないとして不起訴処分(乙山について「嫌疑なし」太郎について「嫌疑不十分」)にしたものである。

(2) また、捜査の結果不起訴処分としたのは相当である。

すなわち、

(イ) 本件調停の成立(不存在)同調停調書の成立の真正については、昭和三三年九月一四日付石田俊雄の鑑定結果(調停調書原本の「甲野七郎」の署名が甲野太郎の筆跡と同一と推定する)、昭和三三年七月月一〇日付浅田幸作の鑑定結果(調停調書の「甲野七郎」名下の印影と原告の印鑑印影と異なると推定するもの)、内藤弘の陳述(調停当日四日市方面に行つていた)等によると若干疑問の余地はあるが、民事事件(名古屋地裁半田支部昭和三五年(ワ)第四号調停不存在等請求事件、名古屋地裁昭和二八年(ワ)第二〇二一号調停調書無効確認請求事件)は既にいずれも第一、二審及び最高裁判所で原告敗訴となつて確定しているところであつて、右民事事件のうち調停不存在確認請求事件の控訴審(名古屋高裁昭和三七年(ネ)第二五八号)記録添付の岡本四郎、柴田暁成各鑑定人の鑑定結果及び名古屋地検保管にかかる兵藤栄蔵の昭和三〇年二月五日付鑑定の鑑定結果(いずれも調停調書原本の「甲野七郎」の署名は原告の筆跡と同一と推定するもの)及び、調停委員足立弥四郎その他関係者の取調結果によれば、原告は調停に出頭し、調停は成立し、調停調書は真正に成立したものと一応認めうる。仮りに、百歩譲つて、そう断定できないとしても、少くとも、原告主張のごとく調停は不成立で調書は不真正であるとは到底断じ得ないところである。してみれば、乙山、太郎両名のこの点に関する証言を偽証であるとは到底断じ得ないところである。

(ロ) 調停調書謄本下附申請書(請書)の「甲野七郎」名義の署名については、名古屋高等検察庁(昭和四一年不第四号)のおこなつた市川和義の鑑定結果(甲野七郎の文字は太郎の筆跡と推定されるとする)の外には太郎が冒書したと認めうる適確な証拠はない。元来筆跡鑑定は絶対の正確性を持つものでないことを考慮すれば直ちに、この点についての太郎の証言を偽証とは断じ難く、まして、乙山について、この点の証言を偽証と断定するのは更に困難である。すなわち、前記のとおり一応調停は成立していると認められ、少くとも不存在とは断定できない状態であり、乙山が、替玉を共謀する必然性、動機等認めうる適確な証拠は全くない。

(ハ) 調停調書謄本の写については、昭和三〇年一月二三日付柴田暁成(原告個人の依頼によるもの)昭和三三年七月二八日付石田俊雄、昭和三四年一月一三日付井上直弘(名古屋第一検察審査会の依頼による)の各鑑定結果(いずれも太郎の筆跡と同一であると推定するもの)によれば、太郎のこの点の証言を偽証と認める余地があるようにみえるが、昭和四三年二月六日付平田忠世(担当検察官が愛知県警察本部刑事部鑑識課に依頼したもの)名古屋高等検察庁(昭和四一年不第四号)の依頼による市川和義(科学警察研究所技官)の各鑑定結果(太郎の筆跡と異るとするもの)を考慮すると、にわかに偽証と断定することはできない。乙山のこの点に関する証言は、太郎が書いたと断定できないところであるが、仮りに百歩譲つて太郎が書いたとしても、前記のとおり、太郎等と替玉を共謀する必然性もなく、これを認めうる適確な証拠もない。かつ、また他に同人が太郎が書いたことを知つていたと認められる証拠も全くない。

(ニ) 「調停調書謄本は原告の妻静枝が焼いたと言つていた」旨の証言については、吉原静枝は「謄本を焼いたということ太郎に言つたこともない」旨供述しているが、同女も「ほご類を焼いたことを話したので太郎はそれを調停調書謄本を焼いたという意味にとつたのだらうと思う。」旨述べている如く、長年月の経過による記憶違いの証言とも考えられ、他に右証言が記憶に反しなされた偽証と認めうる適確な証拠はないのである。

(二) 乙川の偽証被疑事件について

(1) 担当検察官は、従来からの関連記録、証拠等を精査検討のうえ、特に新らしい証拠資料もないので、有罪判決を得るに足る十分な犯罪の嫌疑がないので不起訴処分としたものである。

(2) そして、捜査の結果、不起訴処分としたことは相当である。

(イ) 調停の成立(存在)調停調書の真正な成立については、すでに述べたとおり、一応成立していると認められ、少くとも不存在とは断定できないところである。調停調書に調停委員が拇印を押捺することは絶無とは云えず、拇印を押捺したとて調停調書の成立が不真正となるとは到底断定できないところである。

(ロ) 当時甲野七郎を知らなかつた旨の証言についても、乙川は病院には大勢の人が出入りしていたので一人一人を覚える余裕はない旨弁疎するところ、原告の方では、乙川を知つていても乙川の方では原告を甲野七郎なることを認識していないことは十分ありうるところである。乙川があえて記憶に反する証言をしたと断じ得る証拠はない。

(三) 以上、要するに、本件不起訴処分については各担当検察官は十分捜査を遂げており、その結果を検討しても、告訴事実はいずれも告訴人(原告)の推測の域をでないもので、到底有罪判決を期待しうる余地はないものであるから不起訴処分は相当である。

二、原告の損害について

一般に告訴事件について検察官が嫌疑なしまたは嫌疑不十分として不起訴処分にしても、特段の事情のないかぎり、告訴人が虚偽の告訴をしたとして、世間一般における名誉、信用を失墜するがごとき余地はない。なぜなら、不起訴処分は原則として世間一般に公表されるものではないからである。ところで本件告訴事件についても、告訴人(原告)に対して処分結果を通知したのみで、世間一般に公表していない。他に、本件不起訴処分によつて原告の名誉、信用が失墜するような特段の事由もない。してみれば、本件不起訴処分により原告主張の損害の生ずる余地はなく、原告の主張はそれ自体失当である。

三、告訴権および不起訴処分について

刑事訴訟法第二四八条によれば、刑事事件につき公訴を提起すると否とは専ら検察官の良識に基づく裁量に委ねられている(起訴便宜主義)。また、告訴は捜査機関に対し犯罪捜査の端緒を与えるとともに、検察官の職権発動を促すものであつて、検察官に対する起訴請求権を認めたものではない。すなわち、告訴権は私法上の権利ではなく、従つて検察官の不起訴処分の当否によつて私権の侵害を生ずることはありえない。かかる検察官の不起訴処分の公正を保障するために、検察審査会制度が設けられ、また刑事訴訟法において裁判上の準起訴手続が規定されているのであつて、検察官の不起訴処分に不服ある告訴人がその裁量の当否を争う途は右の二つの方法によるほかはない。

しかして、法律上検察官の不起訴処分の当否は、右手続によるのほか、民事訴訟手続によつてこれを争うことができないと解するを相当とするから、検察官の不起訴処分の違法なることを内容とする本訴請求は主張自体理由がない。

第三、証拠〈略〉

理由

一、被告は、(一)刑事訴訟法第二四八条がいわゆる起訴便宜主義を規定していること、(二)告訴権は私法上の権利ではなく検察官の不起訴処分の当否によつて私権の侵害はありえないこと、(三)検察官の不起訴処分について不服のある告訴人がその裁量の当否を争う途としては検察審査会制度および準起訴手続の二つがあることを理由として検察官の不起訴処分の当否は、右二つの手続によるのほか民事訴訟法手続によつて争うことはできず、従つて本訴請求は主張自体理由がないと主張するので、まずこの点について判断する。

二、右の三つの主張はそれ自体はそのとおりであるけれども、

(一)  いわゆる起訴便宜主義は検察官に不起訴の裁量権を与えたにすぎないのであるから、検察官の不起訴処分が法の許容する裁量権の範囲を逸脱することがあることは論理的に存在しうるわけであり、その場合の不起訴処分が違法となることは当然である。

(二)  原告は、本件訴において、告訴権の侵害を主張しているものではない。告訴は検察官に対し職権を促すにとどまるのであつて、原告のなした本件告訴はいずれも検察官において受理され、職権の発動を促したのであるから、告訴の権利は行使できたわけである。告訴権が私権でないことの故をもつて、被告の右結論を導くことはできない。

(三)  検察官の不起訴処分に対して不服のある告訴人がその当否を争う方法としては被告主張の二つの方法のほか、当該検察官の上級官庁に対し指揮監督権の発動を促すこともできる。しかしながら、これらの方法はいずれも告訴人が不起訴処分自体を争う、つまり、被疑者を起訴することをその目的とするものである。ところが、原告は、本件訴えにおいて、被告の国家賠償責任を追求する前提として、検察官の不起訴処分の当否を争うのである。従つて、この点においても被告の主張は的をはずれているというほかない。

三、ところで、検察官のなす起訴・不起訴の処分の法的性格を検討すると、検察官は、その建前として、公益の立場において、被疑事件につき起訴・不起訴の処分を決するものであつて、起訴処分は被害者に代つて、被害者のためになすものではなく、公益のためになすものである。従つて、告訴は、捜査機関に対し、犯罪事実を申告して、その捜査および訴追を求める意思表示で、被害者その他法定の権利者によつてなされるものであるから、法的には、公益のために検察官に対し職権の発動を促す行為として把握されるのである。そうとすると、右の反面において、検察官が本来起訴すべき事件を裁量権の範囲を逸脱して不起訴処分にすることがあつても、例えば親告罪について告訴の取消がないのにかかわらず、告訴の取消があつたとして不起訴処分した場合のように告訴制度を否認するような特別な事情ある場合を除いてその責任は国または主権者たる抽象的な国民に対する責任であつて、被害者または告訴人に対する責任ではないことになる。また、起訴処分は被疑者を被告人としての危険な地位におくことであるから、もし起訴処分が違法である場合は国がその被告人に対し賠償責任を負うことはありうるわけであるが、不起訴処分は、特段の事情のない限り何人に対しても不利益を課することにはならないのである。従つて、違法な不起訴処分が、具体的な個人の権利を侵害することはありえないのである。

これを本件についてみると、原告の権利侵害の主張は、結局担当検察官の不起訴処分によつて自己のなした告訴の正当性が否定されたことにより、名誉が侵害されたというのであり、いわば検察官の不起訴処分の結果の反射的不利益であつて、起訴処分に告訴人の名誉のためになされる余地が全く存しない以上、仮りに本件各不起訴処分が告訴人である原告の名誉を損う原因行為であるとしても、そのことによつて、原告が被告に対し国家賠償法上の責任を追求することは不可能である。結局、原告の本訴請求は前記特段の事情について全証拠をもつても認められないため、これを認容できない。

よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(越川純吉 丸尾武良 杉本順市)

陳謝文〈省略〉

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